2011.6.22 – 歴史を記憶しない者は…またやりよんねん!

お天気もよくのどかな空気に包まれているのが逆に不気味なアウシュビッツ収容所博物館からお送りしまっス。[ 写真を見る ]


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Listen to 2011.6.22 - 20世紀最大の人災を目の当たりにするヘル美。
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アウシュビッツ収容所博物館にやってまいりました。当時の建物の中の展示物や敷地内に残された設備などを見て回りまっス。

収容された人々の内訳を解説したパネル

1940年からの5年間で少なくとも130万人を収容。110万人がユダヤ人、14万~15万人がポーランド人、2万3千人がロマ、1万5千人がソ連の戦争捕虜、2万5千人がその他の人種。

110万人が死亡、そのうち約9割がユダヤ人。ナチスの親衛隊はその多くをガス室で殺害。

…だそうでっス。。

収容所の門

収容所の入り口。朝一番とあって誰もおらずすがすがしい雰囲気が逆に不気味や。。

「働けば自由になる」のスローガン

門には「働けば自由になる」の文字が。。みなさんこれウソですからね!

献花

献花。

収容所の敷地

からっとして雲ひとつない好天。小鳥がさえずりなんとものどかな朝ですねん。。

有刺鉄線

想像通り、当時は高圧電流が流れていたそうでっス。

ヘスの絞首台

収容所の元所長、ルドルフ・ヘスが戦後ここで絞首刑になったそうでっス。

ヘスの絞首台

収容所オーケストラの説明パネル

なんと!死の収容所にオーケストラがあった!と思いきや…

囚人が列を成して通りすぎる間、収容所のオーケストラは集まって演奏しなければならなかった。これは、強制労働の行き帰りに囚人の足並みをそろえさせるのに、そして彼らの数を数えるのに役に立った。

…だそうでっス。。

棟番号表示

瀟洒なヨーロッパの街角に見えなくもないわけですけれども。。

ネコ

見学者の心のオアシスや!

窓

この窓のとなりの部屋には、犠牲者が使っていた義足や義手、めがねが大量に展示してありました。

窓

この窓のとなりの部屋には、犠牲者から刈り取られた大量の髪の毛が展示してありました。

収容所のトイレ

収容所のトイレ。便座のふちに足場らしきものがあることから、のぼってしゃがむスタイルだったのではないかと思われまっス。

収容所のトイレ。

収容所における衣食住の劣悪さを鑑みるになぜかトイレだけはレベルが高いのではないかと思われまっス。

収容所のトイレ。

ズームアップでもう一度。

見学者用のトイレ

ちなみにこれは敷地内にある見学者用のトイレでっス。便器の位置が高めなのが欧州風や!

廊下の両脇に犠牲者の肖像写真が

犠牲者に見つめられながら展示室を回りまっス。

南京錠

鉄格子で仕切られた廊下

薄暗い蛍光灯

鉄格子で仕切られた廊下

鉄格子越しの外

廊下に落ちる光

基本入ったら出られないところだったそうでっス。。

ベンチに座る女性

来館者が増えても静かなまま。

ガス室の壁

ガス室の壁。死の間際に人々がつけた傷、と昔聞いたことがありますけれども。。

有刺鉄線

有刺鉄線と収容所

煙突

「歴史を記憶しない者はまたくり返す」

「歴史を記憶しない者は…またやりよんねん!」(ジョージ・サンタヤーナ)

去って行くネコ

またやりよんねん。。

とはいえ、とはいえ、今は平和なポーランド。朝から歩き回っておりますとおなかもすいてくるわけだ!

博物館の食堂

なーんとなんと、博物館には食堂が!テーブルといすを新しくしてもぬぐい去れない旧共産国の雰囲気よ。。

博物館の食堂

指さしてよそってもらう学食スタイル。

スープとカツレツ

スープとカツレツや!

きゅうりとトマトのサラダ

このサラダはすでにロシア。

カツレツとふかしじゃがいも

カツレツはお隣ウクライナや!

おなかいっぱいになったところで、次回はもうひとつのアウシュビッツ「ビルケナウ収容所」へシャトルバスでゴーや!

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