2011.6.22 – 20世紀最大の人災の頂点に立つヘル美。

広々とした緑の草原に20世紀最大の人災の遺産が並ぶビルケナウ収容所へ。[ 写真を見る ]


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アウシュビッツの収容者が増えすぎたので広いところでどーんとやることにしました!というスーパークレイジーな現場、ビルケナウ収容所にやってまいりました。

死の門

収容者を乗せた貨車はこの門をくぐって収容所内へ。門の向こうは外。

誰が名付けたのか「死の門」と呼ばれているそうでっス。。

収容所敷地内の引込線

死の門をくぐった貨車はこの先で止まり、収容者は降ろされて仕分けされまっス。

聞こえるのは見学者の足音と風の音、鳥の鳴く声のみ。のどかや。。

引込線のレール

もちろんこの先は行き止まり。

ガス室のあった施設の跡

仕分けの結果がNGだった人々は、死の門の正面左右にあるガス室に連れて行かれることに。。

爆破された施設

ガス室があったもろもろの施設は証拠隠滅のために爆破されたそうでっス。今残るのはその跡だけ。

施設の跡

爆破された跡もそのまま残してありまっス。

草原に広がるバラックの跡

アウシュビッツと比べるとビルケナウはかなり広い。鉄条網の向こうに煙突だけが残った収容施設が整然と並んでました。

見張り台

見張り台っスかね。。

鉄条網を照らす街灯

ダビデの星の旗を掲げて歩く人々

ダビデの星の旗を掲げて歩く人々。同胞の慰霊でしょうか。

仕分けホームと死の門

写真正面に見えている「死の門」から入ってきて左に見えるホームで仕分けされて後ろ左右にあるガス室に連れて行かれるという、なんとも効率的な設計になっているわけや!

敷地の外から中を見る

この鉄条網1枚ですよ。

ちなみにビルケナウ収容所のトイレは板に穴が空いてるだけ。写真撮らへんかったので他人のふんどしや!

体力的になかなかのしんどさだったんですけれども、それよりなにより精神的にどっときました。。なんぼなんでもやりすぎやって。。

ちなみにアウシュビッツとビルケナウ(ともに収容所博物館)があるポーランドのオシフィエンチムへは、ワルシャワよりもプラハから寝台列車で行く方が便利かも。早朝着いて朝一(確か9時ぐらい)から博物館をめぐって、泊まらずにオシフィエンチムを出ることもできまっス。アウシュビッツ収容所博物館には両替所もあるのでユーロしか持ってなくても安心や!(以上2011年現在)
飛行機なら欧州のどっかからポーランドのクラクフに飛んで列車かバスで。クラクフの歴史地区は世界遺産らしいのでついでにどーぞ。

再発行してもらったきっぷが来た!

ホテルに帰ると再発行してもらったきっぷが無事届いておりました。このしょーもない顛末は前々回のしゃべる旅行記の最後のほうでどーぞ。ポーランド国鉄の担当の方に大感謝や!

というわけで、次回はウクライナの首都キエフに向かって出発でっス。

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